上早川の歴史と伝説 (その三十七)

山の恵み~宮平の湯~

前回は、山の恵みとして温泉を紹介しました。もちろん、上早川の温泉といえば笹倉温泉ですが、かつては湯川内と宮平にも温泉があったようです。今回は、そのひとつ「宮平の湯」に纏わる伝承を紹介します。

『西頚城の伝説』(昭和十一年・編纂 西頚城教育会)には「宮平の湯」として次のような伝承が紹介されています。「上早川字宮平の「湯の平」は、昔は繁昌した温泉場であった。或る時、かつたい(ハンセン病)の山伏が、ここに来て、一夜の宿を乞うた。けれども宿主は頑固に断った。山伏は「死んでも冷たくしてくれる」といって去った。宿主は後を追いかけて、内宮のはば下で、一撃のもとに山伏を殺してしまった。それ以来、この温泉は冷泉にかはってしまったといふ。その後内宮のはば下には山伏塚が建てられたが、山崩で今はない。」

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上早川の歴史と伝説 (その三十六)

山の恵み~温泉~

山の恵みとして木材、木炭、硫黄を紹介してきましたが、上早川において山の恵みといえば、温泉でしょう。残念ながら焼山温泉は通常営業を止めましたが、滑らかな湯を特徴とする笹倉温泉は、大いに賑わっています。どちらの温泉も焼山の麓にあり、活火山の恩恵を受けた温泉といえます。

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上早川の歴史と伝説 (その三十四)

「山の恵み」~炭焼き~

山の恵みと言えば山菜ぐらいしか連想できない昨今ですが、かつては生活物資の多くを山から調達していました。前回紹介した木材は住宅の建設はもちろん、十八年ごとに見舞われる糸魚川宿の大火の復興に供給されました。さらに、生活に必須な燃料も山から得ていました。現代生活に欠かせなく、私たちの生活をとても便利にした灯油やガスは、戦後の経済成長に伴って急速に普及しました。しかし、それまでの調理や暖房は専ら薪や木炭といった山の資源が使われていました。薪は自前で調達できても、木炭の大半は購入するしかありませんでした。

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上早川の歴史と伝説 (その三十三)

「山の恵み」 ~大火と早川の木材~

水資源に恵まれた上早川は稲作が盛んです。しかし、斜面地に築かれ水田が多く、用水の維持、土手の草刈など決して恵まれた稲作環境とは言い難いようです。一方、西頸城山地の山裾には豊かな山林が広がり、温泉が湧き、多種多様な山菜の採取も比較的容易です。かつては、炭焼きや硫黄採取なども盛んであったと聞きます。そこで、上早川の人々の生活と山の恵みの関係を数回に渡って探ってみます。

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