上早川の歴史と伝説 その98

七月七日は七夕(たなばた)です。「七」は「しち・なな」、「夕」は「せき・ゆう」としか読めず、なぜ「七夕」を「たなばた」と読むようになったのでしょうか。古来より宮廷では人日(じんじつ 一月七日)、上巳(じょうし 三月三日)、端午(たんご 五月五日)、七夕(しちせき 七月七日)、重陽(ちょうよう 九月七日)に宴会が行われていました。それが江戸時代になるとこの五節句を幕府が公的な行事・祝日と定め、「七夕(しちせき)」を「七夕(たなばた)」呼ぶようになったようです。

根知・根小屋の七夕飾りと中央の「よめさん」・「むこさん」
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昭和34年8月15日糸魚川市中早川青年会発行「わかもの」創刊号より

登山記

八月二日今もまた雲一つない良い天気である。午前中の仕事も、そこそこに昼めしをたべてすぐに学校に行った。「さて何だろう」ふと心の中で思ったがそれはまだ校堂の中には誰もいなかったからであろう。時間が過ぎるに従って一人二人また一人とだんだん人間が増してきた。

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