上早川の歴史と伝説(その四十一)

焼山噴火史  ~1253年の噴火~

焼山の噴火による火砕流や泥流が上早川の歴史に大きな影響を与えたことは異論がないところでしょう。そこで、焼山の誕生とされる約三千年前の縄文時代後期から現在に至るまでの噴火史を数回に渡って検証してみたいと思います。

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上早川の歴史と伝説 (その四十)

~小正月行事「賽の神」~

元日を大正月、正月が終わるとされる一月十四日から十六日の三日間を小正月と呼び、この小正月には「左義長」、「綱引き」、「粥占い」などが各地で行われています。かつて上早川の各集落で行われていた「賽の神」と称する火祭りもこれに該当し、湯川内、越、砂場、北山で継続しています。

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上早川の歴史と伝説 (その三十九)

山の恵み~再び温泉~

前々回の「宮平の湯」は伝承のような話でしたが、今回は昭和二十八年刊行の『上早川村勢要覧』に記載された「宮立湯」と「嘉右エ門湯」を紹介します。
「宮立湯」は湯川内より約四.五キロメートル、焼山山麓の池の平に五十原の加藤彦四郎によって明治十年に開湯しています。年間五百人程度の入湯者で賑わったそうですが、豪雪などの影響で次第に衰退したとされています。源泉は「トヨノ谷」を渡った対岸で、昭和二十八年当時は熱泉が湧出していたようです。「嘉右エ門湯」は湯川内の「川入り」に明治末期まであったらしく、外傷・火傷などに効くとされて大いに賑わっていたそうです。

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