~細池遺跡の石器~
縄文時代晩期(約2,500年前)の集落跡である日光寺の細池遺跡では、これまで紹介したような住居跡や縄文土器などが確認されています。そこで、今回はこの遺跡から出土した石の道具、石器(せっき)を紹介します。

~細池遺跡の石器~
縄文時代晩期(約2,500年前)の集落跡である日光寺の細池遺跡では、これまで紹介したような住居跡や縄文土器などが確認されています。そこで、今回はこの遺跡から出土した石の道具、石器(せっき)を紹介します。

~細池遺跡の縄文土器~
前回紹介した細池遺跡(日光寺)の住居跡やその周辺からは、この集落を営んでいた約2,500年前の人々が使用した縄文土器や石器が大量に出土しています。今回は出土した特徴的な土器を紹介します。

~細池遺跡の住居跡~
前回から紹介している日光寺の細池遺跡では昭和47年の発掘調査において縄文時代晩期の住居跡2棟(第1・2住居跡)が確認されています。今回は、その住居跡について詳しく紹介します。

~細池遺跡の調査~
前号で紹介したように、早川谷に人が確実に住み始めた時期は、縄文時代前期(6500~5500年前)まで遡れます。しかし、その実態は明らかではなく、集落の営みや生活の痕跡が確認されているのは日光寺の細池遺跡と田屋の立ノ内遺跡だけで、金山城に伴う館跡である中世の立ノ内遺跡は既に紹介したとおりです。そこで、今回から数回にわたって縄文時代晩期(3000~2500年前)の細池遺跡を探ってみたいと思います。

~早川谷の縄文人~
前回は谷根一帯の巨礫群の形成過程を探ってみました。これらの成因は約300万年前のフォッサマグナ帯の隆起から始まり、人類が日本列島に渡った10万年前には現在のような地形が形成されていたようです。
