上早川の歴史と伝説 その53

不動山城跡 ~堅固な守り~

中世の城の大半は山の頂から麓にかけて築かれました。それは城の防御を最優先としたためであり、その堅固な構えを相手方に誇示するためでもあったようです。越後は守護代の経済力を背景とした絶大な武力と地形的な制約から他国からの侵略がほとんど無かったこともあって、上杉・長尾氏の居城であった春日山城(上越市)や坂戸城(南魚沼市)などを除くと大規模で堅固な山城は少ないとされています。それでは越後の西の守りを担う不動山城の防御はどのようにされていたのでしょうか。

堅堀
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