市民&早川スキー大会

焼山の里販売所のお姉さん、今日は大会役員💛

令和3年2月7日(日)
第16回市民スキー大会と
第88回早川スキー大会
が連名で開催されました。

市民は糸魚川市が合併してから16回目
早川は第88回だから1933年(昭和8年)が第1回の開催となるのかな?
中止となっても数えるのかな???

昨年は小雪のためクロカンの開催中止となり、
今年は、いやというほど雪が積り
コロナ禍ではありましたが縮小されての開催でした。
小学生の参加で1時間ほどで競技は終了しました。

1999年の写真

それぞれ谷の山間の小学校が無くなり
上早川小学校も無くなり
今では下早川小学校だけの参加の
大会となってしまいましたが
変わらず続けられています。

早川スキークラブが続いているからなのでしょうね。
役員の皆様ご苦労様でした。

以前(だいぶ昔ですが)は、両大会は別々に開催され
毎週、大会があったような気がします。

かろうじてまだ50代の私のころは
スキー授業があり
アルペンの授業が主流で川向うの
棚田になっている
通称「ラント」(地名なのかな?)
で滑り降りていました。

クロカンというとその頃は「距離」と言っていましたが
小学生の高学年になってから
大会に出る選手が選抜され
クロカン専用のスキー板とスキー靴が渡され
放課後に練習をしていました。

私はというと
ちょっとだけ参加したのですが
すぐにリタイヤ
前に進まない!

中学生になると
上早川中学校なのですが
ジャンプや距離で
全中に行くほどの先輩がいて
それはそれは盛んでした。
選抜ですのでもっぱらそのほかは
コース付けの人員となるわけで
大会前になるとアルペンのスキーでクロカンのコース付け…。
当然ながらその中の一人でしたが(*’▽’)
授業かコース付けのどちらかだったような…。
圧雪車やスノーモービルなどというものはありませんでした。
アルペンの板をはき数人でコース踏みなんですね。

市民スキー大会や早川スキー大会のほかに
校内スキー大会があるんですよ。
3年生の時は
全種目全員参加などと担任が決め…
アルペンや距離ジャンプに出場ということに…。
しかも、アルペンのスキー板で(その他大勢はそれしか持っていないからね)…。
今思うと、ジャンプなんてよく飛べたもんだ!
距離は、距離のスキーでないとだめだよね。
かかと上がらないから地獄だね((+_+))

と、まあ思い出話になってしまいました(*’▽’)