上早川の歴史と伝説 その75

前号は日光寺に纏わる舞楽面(陵王)を紹介しました。明治の廃仏毀釈で廃寺となった寺院も少なくありませんが、この日光寺は神宮寺(一の宮)、蓮台寺(蓮台寺)、真光寺(真光寺)、水穂寺(水保)、雲大寺(御前山)、千手院(山寺)、泰平寺(能生)などとともに、市内では古刹として知られ、多くの文化財を有しています。そこで、暫くこの日光寺の関係資料を紹介することにします。

平安末期の作とされる日光寺の仏像群
(写真中央:阿弥陀如来坐像 右:十一面観音立像 左:伝勢至菩薩立像)
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上早川の歴史と伝説 その69

~左右に暴れる早川の流れ~

現在の早川と前川(湯川)は中林付近で合流していますが、『西頚城郡誌』(1930)では五十原付近で合流していたとしています。また、「歴史と伝説」のその67・68で紹介した絵図には不安定な早川の流れと川欠の痕跡が描かれていました。

写真1「土塩村満水御入用御普請墨絵図」『伴是福家文書』所収
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