上早川の歴史と伝説 その53

不動山城跡 ~堅固な守り~

中世の城の大半は山の頂から麓にかけて築かれました。それは城の防御を最優先としたためであり、その堅固な構えを相手方に誇示するためでもあったようです。越後は守護代の経済力を背景とした絶大な武力と地形的な制約から他国からの侵略がほとんど無かったこともあって、上杉・長尾氏の居城であった春日山城(上越市)や坂戸城(南魚沼市)などを除くと大規模で堅固な山城は少ないとされています。それでは越後の西の守りを担う不動山城の防御はどのようにされていたのでしょうか。

堅堀
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上早川の歴史と伝説 その52

~不動山城の立地~

上早川地区の歴史を語るうえで欠かせないのは焼山の噴火史と不動山城跡です。要害の不動山城については以前にも若干紹介しましたが、その歴史などを数回にわたって掘り下げてみたいと思います。今回はその立地について探ってみます。

早川右岸に聳える不動山城跡
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上早川の歴史と伝説 その51

~下早川の水田を潤した笹倉用水(西側用水)~

前回紹介した大山用水と交差して早川左岸の山腹を縫うように流れ、東塚、西塚、谷根、高谷根、上覚の水田を潤すのが西側(笹倉)用水です。糸魚川土地改良区のHPや県糸魚川地域振興局の資料ではその延長は18㎞、現在の受益面積は85haとされています。

日光寺観音堂境内に建つ西側用水碑
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