上早川の歴史と伝説 その98

七月七日は七夕(たなばた)です。「七」は「しち・なな」、「夕」は「せき・ゆう」としか読めず、なぜ「七夕」を「たなばた」と読むようになったのでしょうか。古来より宮廷では人日(じんじつ 一月七日)、上巳(じょうし 三月三日)、端午(たんご 五月五日)、七夕(しちせき 七月七日)、重陽(ちょうよう 九月七日)に宴会が行われていました。それが江戸時代になるとこの五節句を幕府が公的な行事・祝日と定め、「七夕(しちせき)」を「七夕(たなばた)」呼ぶようになったようです。

根知・根小屋の七夕飾りと中央の「よめさん」・「むこさん」

古代中国では七月七日は牛郎と織姫の逢瀬を祝う祭り、いわゆる乞巧節です。それが奈良時代に伝わり、日本古来の彦星と織姫の伝説さらに棚機(たなばた)という機織り機で神に捧げる神御衣(かみこ)を織る棚機津女(たなばたつめ)を織姫とする見方などが合わさって「七夕」を「たなばた」と呼ぶようになったとする説が有力なようです。

いずれにしても、機織りはもちろん裁縫などの手芸さらには習い事の上達を願う節句として行われるようになりました。一般的には神の依り代であり邪気を祓うとされる笹に願い事を書いた五色(青・赤・黄・白・黒)の短冊や鶴(長寿)、巾着(金運)、紙衣(裁縫の上達)、人形(身代わり)、網(豊作・豊漁)、吹き流し(魔除け)、提灯(正しく導く)などの意味のある紙細工を飾り、糸や天の川に見立てた素麵を食べて願い事をします。

早川でも同様の七夕飾りですが、市内根知地区の根小屋、東中、上野、山口では写真のような「よめさん」、「むこさん」とそのお供の人形を縄に吊り下げ、通りに渡す七夕飾りもあります。この「よめさん」と「むこさん」は織姫と彦星に見立てたのでしょうか。たいへん珍しい七夕飾りとして注目されています。この七夕飾りは八月七日の夕方まで飾られた後は川原で焼かれます。もちろん、以前は川に流して災いを祓っていました。(木)